私がスキンヘッドになった日

まず自分以外に薄毛に気付いたのは、家族ではない。行きつけの散髪屋さんだ。毎日のように顔を合わせている家族は、私の髪の変化に気づきにくいものだが、散髪屋さんは違う。月1回しかほどしか会わないし、仕事柄、常連の客の髪質のことは知っている。客の要求に対して、カットの位置や髪の生え際をくしで分ける部分など答えていかねばならないからだ。

「今日はどのようにしましょう。」

私が腰掛けるとすぐに前掛けをして、鏡に向かって理容師が当たり前のように言うセリフ。
若いころは「メンズ・ノンノに出ている阿部寛のような髪型にしてほしい。」
とか「パーマにして欲しい。」とか言っていた記憶がある。

30代後半になり、前髪が後退していくと、如何に自分の髪が薄く見えないように配慮したくなる。それが今後、やがて訪れるかもしれないハゲに対して、不安があっても何とか抵抗したかったのだ。

「側面と後ろの方はカットしてくださってもいいですが、前髪はあまり切らないようにしてもらえますか?」

客の要求に対して従順にカットして、理容師も努力してくれた。

このように月一回の散髪をこなして、薄く見せないようにしていたわけだが、日を追うに従い、それができなくなってきていた。私のハゲは留まるところを知らず侵攻していったのだ。前髪を残すほどもなく、頭頂部までが薄くなってしまった。理容師に対する私の要求は「頭頂部はあまり切らないで欲しい。」とまで言ったほどだった。

馴染みの店であり、客とのコミニケーションの取れていた人だからハッキリした言葉が返ってくる。
「若い時はすくぐらい髪の毛があったのにねえ。」

理容師の言葉に対しての腹立たしさのひとつもないが、20歳くらいの時の自分の写真をみる度、別人が写っているようで仕方がない。この写真の美男子はどこに行ってしまったのだろうかと疑問を持ったりもしている。

40歳を過ぎ、尚も薄毛の侵攻は留まる事をしらない。頭頂部の頭皮が見え出してきていた。新しく髪が生えにくくなる状況で、カットする時は如何に頭頂部に手を加えないですむかという課題が生まれた。より一層が頭皮がむき出してきて、改めて自分の顔を鏡で見た時、子供の頃にテレビで見た「8時だよ!全員集合」を思い出した。
今の20代の人は知らないかもしれないが、ドリフターズのメンバーである加藤茶が毎回、頭頂部に髪の毛がないカツラを被ってコントをしていた。鏡に映し出された自分の姿がまさにコントで見た加藤茶そのものだった。
このようなことで笑いを取りたくはないし、何かカッコ悪い。逃げられない現実に向かって行かねばならず、帽子を購入することになった。外出時には野球帽のようなものを頭に乗せて歩いた。普段、帽子を被ることが嫌いな私は窮屈で仕方なかった。夏場は汗を欠き、帽子の中が臭くなるのは非常に気持ち悪かった。この生活が我慢できす、ある決心をする。

散髪屋に行って、バリカンで丸刈りにすることだ。彼女もいないし40歳も過ぎたし、自分の中では潔いよい決断だと思った。

いざ散髪屋に行き、バリカンで落ちていく髪を見て、自分は怖いもの知らずだと悟りたかった。自分の気持は怖くなかったが、怖いものは他にあった。

散髪終了後、鏡で自分の顔を見てそれにすぐ気付く。スキンヘッドにした自分の姿が何よりも怖い。第3者から見た自分どのような印象も持つだろう。「自分はそんなに怖い人ではないよ。」と心の中で呟いた。