髪がないと心も寂しい

髪の毛が薄くなり悩んでいたのだが、気持ちを切り替えるために、あえてスキンヘッドにした。悪いことばかりではない。洗髪するのにシャンプーが要らず、汚れを落とすのに固形石鹸を使えばよい。夏なんて髪が無い分、少しだけ涼しく過ごせる。

悲しいのは髪が無いことで、頭の形が露骨に晒されることだ。私の頭の形はちびまるこちゃんのおじいちゃんのようなきれいな卵型ではない。前頭部、後頭部、側面から見て、どう見ても立方体にしか見えないことだ。この頭の形の性で、中学校時代は「サイコロ」というあだ名がついた。数学では「確率」というものを教えていて、授業でサイコロを使う。この時間は私にとって憂鬱な時間であり、我慢の時間でもあった。必ず授業終了のチャイムがなると私をいじるものがあるので、サイコロは私にとって嫌いな物体になった。

大人になり、社会人になり、私の頭のことをいじるものはいなくなった。だが自分の頭のことで何も語ろうとしない人間はたくさんいる。サイコロ頭(あたま)のことなど子供のころの事なのでどうでもよいのだが、髪の毛が薄くなる度、毛のことに関しての話は誰も私の前では話そうとしない。会話する時はなるべく頭を見ないようにする。みんなそれが優しさでもあるようだが、私もそこまでバカではない。空気が読める分、なんだか寂しい思いになる。

それに輪をかけた事件が私に降りかかることになった。場所は会社の更衣室で、事件はそこで起こった。広めの男子更衣室は、部屋の真ん中に長椅子が設置されていた。きっと忘れ物だろう。折りたたみのくしが長椅子の上に置かれたままだった。所有者の分らないくしは、何日も放置されることになる。

さすがに年末になった時、大掃除をしなければならなくなり、折りたたみのくしは処分の対象になった。上司、部下、同僚たちは互いに折りたたみのくしの所有者探しを始める。

「これはお前のくしではないか?」
「○○さんのくしではありませんか?」
「○○さんが同じようなくしを持っていたような気がする。」

誰も私に対してくしの持ち主であることは聞いてこない。当り前なことだが、くしですくほど髪がないからなあ。最終的にくしは捨てられたのだが、この時ばかりは仲間外れにされたようで凹んでしまった。

しばらく落ち込んだこともあるが、気持ちの切り返しが早い分、前へ進むことだけは考えみた。サイコロ頭らしく、1も2も3も4も5も6も出してコマを進めようと。一回休みや振り出しに戻らないように明るいゴールを考えてみた。